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文芸

ISBN978-4-88978-119-9

廉岡 糸子著

A5判上製 240頁
定価 (本体2,300円+税)

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ルイザ・メイ・オルコットの秘密

ルイザ・メイ・オルコット(一八三二〜一八八八) は『若草物語』(一八六八年)と 『続若草物語』(一八六九年)の著者として、特に児童文学の分野で広く世に知られている。正続の『若草物語』はマーチ一家を描いていて、母マーチ夫人に見守られる四人姉妹メグ、ジョー、ベス、エイミーの心の葛藤やかれらの日常生活が描かれている。この作品はオルコット家の初期の暮らしを題材にしたもので、思春期のオルコット自身と彼女の三人姉妹の物語である。続編も母娘の暮らしが語られるが、それに加えて娘たちの結婚へのプロセスも描かれている。いずれもフィクションではあるが、そこに書かれたマーチ家の人々や一家の日常に起こる出来事は概ねオルコット家の人々が実際に経験したことに基づく自伝的な物語である。
 もっとも『若草物語』は二巻で終わらず、さらに『 リトル・メン 』(一八七一年、『第三若草物語』)と『ジョーズ・ボーイズ』(一八七六年、『第四若草物語』)などが加わってシリーズものになっている。これらの物語にも続編で亡くなるベス以外の三姉妹の結婚後の姿が描かれている。しかしそこに焦点は置かれず、特にメグとエイミーは物語に点在する存在に過ぎない。また初めの正続編の中心的なヒロインであったジョーですら脇に退いている。『 リトル・メン 』はジョーが開いた学校で学ぶ少年たちが主人公になっており、その中で現実にオルコットの父親ブロンソン・オルコットが唱える教育理念を実践するジョー夫婦とさまざまな資質を持つ少年たちの姿が描かれている。最後の『 ジョーズ・ボーイズ』は『 リトル・メン 』に書かれた少年たちが青年に成長した姿とその動向が物語の中心で、いずれも正続の『若草物語』と違って自伝的要素は消えている。
 初めの二巻の『若草物語』は人気を博し、数ある家庭小説・少女小説の中で代表的な作品となっている。家庭小説とは家庭を舞台にしてヒロインの日常やその中で生じる出来事や精神的成長などを細々と描くもので、大まかに言えば大人の女性を主人公にしているのが家庭小説、少女を主人公にしているのが少女小説に分けられる。とはいうものの『続若草物語』になると娘たちの結婚が大きなテーマになっているので少女小説とは言い切れず、家庭小説と呼ぶ方が相応しいかもしれない。実のところ『若草物語』に関しては二つの境界線はあいまいでいずれを使ってもよいとも思われるが、『若草物語』のシリーズは特に少女の読者ために書かれたことを思えば、少女小説ととらえてもいいだろう。初めの二つの物語はひとつにまとめられて幾度も映画化され、日本でもアニメ化されており、原作を読まない人にも『若草物語』は名作として知られていると思われる。
『若草物語』以前にもオルコットは子どものための物語を書いており、初期のものとしては『花のおとぎ話』(一八五四年)があげられるが、本格的に少女小説に取り組んだのは『若草物語』以降である。主な作品は『昔気質の一少女』(一八七〇年)『八人のいとこ』(一八七五年)『花ざかりのローズ』(一八七六年)『ライラックの花の下』(一八七八年)などだ。これらは『若草物語』の人気の波に乗って、かつては多くの読者を獲得しており、オルコットは児童文学の作者として生涯揺るぎない地位を保つ作家になった。しかしその実彼女は少女小説執筆にそれほど意欲を持っていたとはいえない。だが、正続の『若草物語』の成功は否応なくオルコットが少女小説の作家であることを強いる結果となり、「若い人のために物語を書くアメリカで最も愛されている作家」とか「子どもの友だち」として、少なくとも一九四〇年代初期まで児童文学作家の範疇から出ることはなかった。
 ところが『若草物語』発表以前の一時期オルコットが最も没頭して書いた物語群があることが明らかにされた。それは大人向けのロマンス、スリラー、煽情小説(sensation fiction)、サスペンスなどで、主に一八六三?六九年の間に書かれている。しかし邦訳は少なく、今以て馴染みのある作品とはいえないだろう。これらの埋もれていた作品群は一九四〇年代初めにレオナ・ロステンバーグとマデレイン・スターンによって見出された。そして ロステンバーグ は一九四三年に「匿名及び筆名によるルイザ・M・オルコットのスリラー」と題する論を発表した。しかし作品群が復刻されるまでにはかなりの年月を要し、一九七〇年代半ばまで待たなければならなかった。 スターンがこれらの作品を編集し、まず一九七五年に『「仮面の陰で」ルイザ・メイ・オルコットの知られざるスリラー集』(Behind a Mask: The Unknown Thrillers of Louisa May Alcott)、その翌年に『「V.V.あるいは策略と対抗策」: ルイザ・メイ・オルコットの知られざるスリラー集』 (V.V. Plots and Counterplots:More Unknown Thrillers of Louisa May Alcott ) が出版され、オルコットの新たな世界を知ることになる。他にもスターン編のそれまで発表された作品も含めた二九話からなる『仮面を剥ぐ ルイザ・メイ・オルコット スリラー集』(Louisa May Alcott UNMASKED Collected Thrillers, 1995)やオルコットがフェミニストであることが顕著な四つの物語を選んだ『フェミニスト オルコット』(The Feminist Alcott, 1996)もある。またエレイン・ショウォールター編の『もう一人のオルコット』(Alternative Alcott, 1997)などがあって、このジャンルの小説がどっと世に出た。これらは短編、中篇が主流で、代表作は「暗闇の囁き」(一八六三年)「 V.V. あるいは策略と対抗策」(一八六五年)、「仮面の陰で あるいは女の力」(一八六六年)などで、そこには『若草物語』では見られない煽情的な要素――陰謀、嫉妬、復讐、殺人――が描かれている。その多くはサスペンス調の軽いお楽しみの読み物として書かれたのだが、作品の根底には一九世紀を生きる女性の苦悩、憤り、恨みなどが通奏低音として流れている。そこに当時の女性観に対するオルコットの視点を読み取ることが出来る。 もっともこのジャンルに長編の『愛の果ての物語』(一九九五年)もあるが、これは他の物語と違って男性に向ける女性の憤りがおおっぴらに描かれていて出版されると『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーのリストにあがった。
 煽情小説以外にも一八五二?六〇年の間に発表された作品を集めた『ルイザ・メイ・オルコットの初期の物語集』も出版され、そこには短編の家庭小説やフェミニズムを意識した物語などがある。もっとも大人向けの作品が全て煽情小説や家庭小説というわけではなく、オルコット自身の従軍看護師の一時期を綴った『病院のスケッチ』(一八六三年)は彼女が病院で経験した事実に基づくレポートである。そこには南北戦争で傷つき病んだ兵士たちと看護師を中心に病院の実態が描かれている。またリアリズムの小説に『気まぐれ』(初版一八六四年、改訂版一八八二年)や『仕事 経験の物語』(一八七三年)などがあり、前者は一時の気まぐれに左右されるヒロインの言動や結婚を、後者は女性と仕事及び働く女性の実情などが描かれ、働く女性が遭遇する当時の現実や女性が抱える問題に焦点が置かれている。この作品はオルコットが現実に根差した小説執筆に挑戦したことを示してる。彼女の作品群を概観してみると大まかに次の三つのジャンルに分けることが出来る。

@ 短編・中編の大人向けの家庭小説やロマンス、スリラー、サスペンスを含む煽情小説。
A 経験に基づく報告書や女性の現実を描くリアリズムの小説。
B『若草物語』を初めとする少女小説。
   
もっともオルコットは物語や小説ばかりでなく詩も書いているが、本書ではオルコットの創作活動の中心であった散文の作品群から、特にオルコットが秘密にしていた「もくろみ」が顕著な物語や小説を選び、その意図を明らかにしていきたい。ここでいう「もくろみ」とは一九世紀のアメリカの家父長制社会が作り上げた理想の女性像への抗議である。当時イギリス社会が礼賛する「家庭の天使」はアメリカにおいても女性の理想とされたが、オルコットはそれを受け入れることは出来なかった。「家庭の天使」とは純潔、従順を旨とし、自己犠牲を厭わず、深い信仰心を持つ天使のような女性を意味する。中でも美徳として最も尊ばれたのは自己犠牲で、理想の女性は己の意志や情熱、怒りや野心とは無縁の存在でなければならなかった。 
オルコットはそんな女性観を視座において当時の女性が直面する不条理を明らかにすることを「もくろみ」、それを時に秘やかに、時に露わに作品に織り込んだのである。では彼女はどのように父権社会が作り上げた「家庭の天使」に疑義を呈しているのだろうか。具体的に彼女が秘密にしている「もくろみ」とはどのようなものなのか、さまざまな作品を通して明らかしていきたい。だが、作品を取り上げる前に、まずオルコットの生涯を日記をたどりながら見ておきたい。

主な目次

まえがき

第一章 不撓不屈の右手

第二章 煽情小説
    【がらくた】への傾倒
     鬱憤ばらし
    「私の奉公体験」――煽情小説の原点となった短編    
      デダムの屈辱     
「暗闇の囁き」
      世間知らず
独房 
警告
     「V,V. 策略と対抗策」
      起死回生
誘惑のテクニック
ファム・ファタール
   「仮面の陰で 女の力」
ガヴァネスの怒り
手玉にとられる男たち 
本音とペテンの狭間
女の底力       
結婚と金勘定
    「暴君馴らし」
手なづけられる王
    『愛の果ての物語』
悪魔に魂を売る

第三章 南北戦争時における病院の現状報告
    『病院のスケッチ』
      ユニオン・ホテル病院 
親族の願い

第四章 リアリズムの小説
    『気まぐれ』
気まぐれの連鎖
覚醒
      世慣れた助言
    『仕事 経験の物語』
      仕事への希求 
恋愛、結婚、天職
      絶望の淵で
先進するルース・ホール

第五章 少女小説
    『若草物語』『続若草物語』
      マーチ家の娘たち
ジョーと煽情小説
      ジョーとベアの結婚
ジョーの先達たち

あとがき