イギリス児童文学の分野でおとぎ話、 ファンタジー、 少女小説・家庭物語が盛んになったのは一九世紀後半になってからである。 この分野で女性が作家として活躍したのだが、 かれらが児童文学に参入しはじめたのは一八世紀中頃で、 一七〇〇年から一七四〇年までの間、 子どものためのフィクションは存在しなかった。 もっとも廉価本のチャップブックがあって子どもも読んだが、 それは必ずしも子どものための読み物ではなかった。 しかし一七四五年にセアラ・フィールディング (Sarah Fielding, 1710-68) が書いた少女のための物語 『女教師 少女のための小さな塾』 (The Governess; or, Little Female Academy) が出版され、 それが子ども向けの最初の物語となった。 この作品は子どもの本がなかった時代に書かれたものであったために多くの人々に受け入れられたという。 物語には小さな塾で暮らす少女たちが礼儀作法や美徳を学ぶプロセスが描かれており、 寄宿学校に集まった少女たちの日常が語られ、 それが子どもの文学というジャンルを開くことにつながったのである 1。 物語に控えめながらおとぎ話が二つ挿入されているが、 それらは極めて教訓的で、 読み手を楽しませるようなものではなく、 創作のおとぎ話とはいえないものだった。 というのは、話の中に巨人を登場させても、巨人というのは強い力を持つ人間の表現としてそう呼ばれているに過ぎず、巨人とか魔法といった考えを頭に入れてはなりません、 などとことさら諭しているからだ。 このようにフィールディングはおとぎ話の不思議をなんとか払拭しようとしており、 当時、 想像的・空想的要素が受け入れられなかったことを窺わせる。 もっともこのおとぎ話は物語のごく小さな部分を占めているに過ぎず、 むしろ少女小説としてそれ以降の少女向きの物語を書いた多くの女性作家に影響を与えたといわれている。
フィールディング以降トリマー夫人 (Mrs. Trimmer, 1741-1810) の 『こまどり物語』 (The History of the Robins, 1786)、 マライア・エッジワース (Maria Edgeworth, 1768-1849) の 『教訓物語』 (Moral Tales, 1801)、 シャーウッド夫人 (Mrs. Sherwood, 1775-1851) の 『フェアチャイルド家物語 (第一部)』 (The History of the Fairchild Family, 1818) など、 少年、 少女のための物語が次々と出版され、 教訓物語が幅を利かせ、 おとぎ話は言わば封じられていた。 だがやがてキャサリン・シンクレア (Catherine Sinclaire, 1800-64) の 『別荘物語』 (Holiday House, 1839) が出版されると、 物語を支配する教訓的要素にひびが生じることになる。 そこでは説教調は避けられ、 わずかながらも教訓の枷はゆるめられており、 それまでの子どもの読みものを変化させる萌芽を内包していた。 また物語に 「デイヴィッドおじさんの荒唐無稽な巨人と妖精の物語」 ("Uncle David's Nonsensical Story about Giants and Fairies") と題する創作のおとぎ話が挿入されており、 教訓はあるものの愉快な文体とすぐれたナンセンスの要素もあって、 英語で書かれた最初の創作おとぎ話といってよいものだった。
十九世紀中頃になるとおとぎ話を容認する考え方が生まれて、 不思議や魔法が語られる話は日の目をみることなる。 おとぎ話の書き手としてまずフランシス・ブラウン (Frances Brown, 1816-79) やジョージ・マクドナルド (George MacDonald, 1824-1905) らがおり、 他にもメアリ・ルイザ・モルズワース (Mary Louisa Stewart Molesworth, 1839-1921) やジュリアーナ・ホレイシァ・ユーイング (Juliana Horatia Ewing, 1841-85) らがいた。 またアンドルー・ラング (Andrew Lang, 1844-1912) はおとぎ話を再話、 編集し、 十二冊の子ども向けのおとぎ話集を出版している。 これはペロー、 グリムの話をはじめ、 様々な国のおとぎ話を収集したもので、 第一巻は 『青色のおとぎ話集』 (The Blue Fairy Book, 1889) である。 これが出版された翌年にジョーゼフ・ジェイコブズ (Joseph Jacobs, 1854-1916) が収集した 『イギリスのおとぎ話集』 (English Fairy Tales, 1890) が出版されており、 ラングやジェイコブズの登場はイギリスにおける民俗学への関心の高まりを示している。 この頃からイギリスでは数多くのすぐれたおとぎ話が書かれようになり、 おとぎ話の研究そのものも盛んになって今日に及んでいる。
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