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歴史

ISBN4-88978-031-9

大槻 博著

A5判 246頁
定価 (本体2,200円+税)

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英国中世後期の社会
−言語、文学、教育、科学−

英国では中世は、410年頃のローマ軍撤退からヘンリー七世が即位しチューダー朝が始まる1485年までを指している。
そのなかで1066年のノルマン人征服以後は後期になる。
ノルマン人征服により英国がゲルマン民族支配から、 ノルマン・フランス人支配の国家となり、 英国は二つの民族の要素を持つようになった。
ノルマン人征服は英国において後世に最大の影響を与えた事件であり、 それが今日の英国の基礎を作った。
中世後期以後政治の分野では議会の二院制度が生じ、 法律では陪審制度、 コモン・ローという全国共通の法ができあがった。
英語にはフランス語からの借用語が増加した。 修道院の写本に代わり、 印刷が始まり、 大量の印刷物が流布した。
それはロンドン周辺の東中部で書かれており、 そのために東中部方言が今日の標準語の基礎となった。
フランス文学はその後の文学に大きな影響を与えた。 科学の面では実験による実証科学が芽生え、 またアラビア数字が使用されるようになった。
宗教ではウィクリフの思想がプロテスタント運動に影響を与えた。
軍事の面では火薬の出現により、 戦争の様子が一変し、 城は重視されなくなった。
修道院は裕福になり、 その結果ヘンリー八世により修道院が解体されることとなった。
町の商人などが裕福になる一方、 貴族階級の没落があった。
多くの農奴が自由民となった。 パブリック・スクールという学校教育の制度ができあがった。 貨幣経済の発達もみられるようになった。
中世後期は近代の基礎となった時代である。 今日の社会をより深く理解するためには、 中世後期の社会に目を向ける必要がある。 その意味で本書は今日を知るための書である。
本書では英国の中世後期の文化について、 当時のイングランドの人々の生活の一端を記述しょうとするものである。
言語、 文学、 教育、 科学、 宗教などの主に内面的なものを取り上げた。
本書を出版するに際して、 燃焼社社長の藤波優氏、 但馬印刷株式会社社長の鎌田宣夫氏にはお世話になった。 心からお礼を申し上げる次第である。
また本書は一部、 梅花学園出版助成金を得て出版されたものであることを付記しておく。 思い違いや記述の不適切があると思う。 お気付きの点があればご教示願いたい。
フランシス・ホジソン・バーネット (Frances Hodgson Burnett, 1849-1924) は、 アメリカ児童文学の古典、 『小公子』 (Little Lord Fauntleroy, 1886)、 『小公女』 (A Little Princess, 1905)、 『秘密の花園』 (The Secret Garden, 1911) の作者として広くその名を知られている。
だが彼女の作家活動はむしろ大人向きの小説を書くことから始まっており、 大人のために多くの小説を書き続けた作家でもあった。
これらの小説は古典となった子どもの物語と違って今では読まれることもないが、 発表当時その多くはかなりの人気を博し、バーネットは児童文学の作家として名をなす以前に大人向けの小説の作家として世に出た。
彼女は多作で五六年間にわたる作家活動の間、 児童書、 絵本、 長編小説、 短編小説、 自伝、 ノン・フィクション、 脚本などを創作し、 作品総数は六八冊に及ぶ。 その内、 四五冊は大人向けのもの、二三冊は子ども向けのものである。
子どもの物語としては 『小公子』、 『小公女』、 『秘密の花園』 以外に、 長編の 『二人の小さな巡礼の旅』 (The Two Little Pilgrims' Progress, 1895) や 『行方しれずの王子』 (The Lost Prince, 1915) などがあり、 短編、 短編集、絵本を含めると一九冊になる。
一方大人向けの二二冊の小説はほとんどが長編で、 他に短編、 短編集が一一冊あり、バーネットが大人向けの小説にかなりエネルギーを注いだことが窺える。
バーネットが書いた小説は概ねメロドラマであり、 ロマンスに属するものだ。
ロマンスと呼ばれる韻文や散文の形式はイギリスでは古くは中世の頃から盛んで、 その後とぎれることなく愛好され、ヴィクトリア時代にも受け継がれてきた。
ロマンスの主題は常に願望を達成することに関わりがあり、 物語の内容は英雄を語ったり、ミステリアスで夢想的なものを語ったり、 情熱的な恋を語ったりする 1。
そんな物語は読者を非現実的な空想の世界へ誘い込む力を持っているものが多く、 ヴィクトリア時代、ロマンス形式の小説は特に女性の読者を魅了した。
バーネットもこの形式を使って、 ロマンス小説の作家として大いに気を吐いたのである。
バーネットが一九歳で作家としてスタートしたのは、 逼迫した家庭の経済状況を救うためだった。
その貧窮ぶりは、彼女が出版社に最初の短編を送る決心をしたとき、 原稿用紙や切手の代金を捻出するために野ぶどうを摘んで売らなければならないほどだった。
バーネットがそんな差し迫った状況にあったことを思えば、 短編を出版社に売り込む際、 「私の目的は報酬です」 と書き送ったのも無理からぬことだった。
そしてそれが出版社に受け入れられると、 バーネットはたちまちまぎれもない金儲け主義の作 ポ ッ ト ボ イ ラ家ーになっていった。 彼女の作家活動は実にエネルギッシュに展開され、 後に自らを 「原稿執筆機」 (pen-driving machine) と呼ぶほど作品を書き続け、 イギリス、 アメリカ両国でかなりの人気を博した。
ロマンス小説とバーネットとの結びつきは、一つはバーネット自身の作家としての資質に関わりがあるのだろうが、 一つは彼女が報酬目的の作家であったことにも関わりがあるだろう。
バーネットが作家活動を開始した頃、 既にアメリカ、 イギリスでは報酬目的の女性作家が輩出していた 2。
当時女性が小説を書くのは、刺繍のような仕事より割のよい収入をもたらしたので、報酬を求めて小説を書く女性の職業作家はイギリスにもアメリカにもいた。
何の資格も持たない中産階級の女性が働く場は、わずかに女家庭教師になるくらいしかなかったが、 そんな中で文筆の才能があれば家庭教師よりはるかによい収入を得ることができた。
かれらの多くはメロドラマやドメスティック・メロドラマ、 感傷小説や煽情小説、 家庭小説や子ども向けの物語などを書いた。
そしてこれらの小説のヒロインは、 概ねヴィクトリア時代の女性の理想像である 「家庭の天使」 (Angel in the House) 像を様々に映しだすことが多かった。
  「家庭の天使」 とは、 一九世紀イギリスの中産階級が求めた理想の女性像で、 深い信仰心を持ち、 従順で自己主張しない女性、また自己犠牲を厭わず他者のためにつくすことが出来る家庭的な女性を意味した。 その頃、 アメリカでも中産階級が 「真の女性」 (True Womanhood) と呼ぶ、 「家庭の天使」 に類似する女性像が女性のパラダイムとなっていた。
換言すれば、 一九世紀のイギリス、 アメリカの良き家庭の女性は、 父権制社会を生きる男性が女性に抱く空想を実現することを求められていたと言っていいだろう。
そんな理想像を反映して、 アメリカやイギリスのロマンス小説では従順で無私の精神を持つヒロインが主流になっていた。
したがって一九世紀半ばに生まれたバーネットが作家デビューする頃には、 「家庭の天使」 像は社会においても文学においても既に定着していた。
バーネットも小説の中で 「家庭の天使」 たちを描き、 ステレオタイプのヒロイン像を創りあげたが、そんな中にもいくつかのヴァリエーションが生まれており、 一様な 「天使」 像だけを描いたわけではなかった。
「天使」 あるいは 「悪女」 を思わせるヒロイン、 また 「天使」 と 「悪女」 を併せ持つヒロインなども描いている。
もっともここで 「悪女」 というのは実際に悪事を働く場合もあるが、 これはむしろ能動的で自己主張する女性、あるいは男性の助けを必要としない自立的な女性を意味している。
このような生き方をする女性は当時の理想の女性像から逸脱する存在で、 「天使」 のような女性の対極に位置していた。
本書ではドメスティック・メロドラマの要素が濃厚な、 バーネットのロマンス小説に描かれたヒロインたちの姿、 特に当時の視点からみれば 「悪女」 あるいは 「悪女」 の要素を持つ女性、
すなわち自分の意志を行使しながら積極的に行動する大胆不敵な女性たちを見ていく。
このタイプのヒロインはロマンス小説の中だけでなく、 子どもの物語にも登場しており、 かれらについても見ていくつもりである。
その秘められた謎や疑問点を、著者独自の史観によって明快に解き明かしていく。